人生のどん底だった男が
年間売上 1億円以上の
日本一のセールスマンに
どうやってなったのか?
全国から問い合わせが多いので
出来るだけ赤裸々に書いて見ます。
僕はみんなが知ってる
あるキャラクターを使った英語教材の
幼児教育アドバイザーでした。
外資系企業で
給料形態はフルコミッション
つまり基本給0円の
完全報酬制です。
人生のどん底へ
30歳で自分の人生に迷った僕は
突然サラリーマンを辞め、
それから1年間
さまよい続けました。
フルコミッションはとても怖い
でも、他の仕事もうまくいかない
何にも出来ずに言い訳ばかり
家族関係もうまくいかない
友達とも会いたくないし
合わせる顔が無い
一流大学を出て
一部上場企業にいた
僕のプライドはすでにズタズタ
地獄の日々でした
そして家も家族も失い
所持金も数十万円
ローンで買った軽自動車に
僕の全資産を詰め込んで
単身仙台に乗り込みました。
フルコミッションの営業を
ゼロからスタートする決意が
皮肉にもすべてを失ってから
ようやく固まったのです。
まずはマンションと
駐車場を借りました。
3か月給料が無ければ・・・
破産をする覚悟でした。
朝起きたら
見慣れない真っ白な天井
「ここどこだっけ?」
そしてようやく現実を思い出し
足がすくみ、涙が流れ
孤独な一日が始まります。
それからの2年間は
一生分の涙を流しました。
そんな時にある先輩から
「斎藤一人」さんを教えて頂きましたが。
当然、そんな中ですから、
まともに聞けるはずはありません。
「言ってることはわかるけど不幸だし!」
心で叫びました
成功の法則を勉強
まず勉強したのは
「7つの習慣」の
人生の目的と目標の話
正直言うと、
目的の設定は
真っ暗でした。
参考になったのは
沖縄の社長に贈って頂いた
VSOPの話
20代=Vitality
30代=Speciality
40代=Originality
50代=Personality
この理論は解釈は
人それぞれだと思いますが、
仕事で最期に大切なのは
人間性=人間関係
が大切なんだと解釈しました。
その為に40代を
輝く最強の時期にしよう
その為に30代の
10年間は修行だ
休みは一日もいらない
と、決めました。
次に4つの自信です。
「会社」「職業」「商品」「自分」
「会社」
最初は自信がありませんでした。
地方にはショールームもなく、
あまり会社との接点が無かったからです。
ネットにもいい情報と悪い情報
先輩方にも沢山意見を聞いてみました。
会社の歴史や業界の歴史
経営状態 経営理念
自分で納得するまで徹底的に調べ、
会社の目的と価値を
手帳の1枚目に張り付けました。
「職業」
幸いにも上司が職業に誇りを持っており、
ショールームが無い時代に
自費でアフターイベントを行ったり、
とても素晴らしい仕事をされていました。
商談のトークや流れを掴み
その為に必要なツールを作りこみました。
「商品」
結果的に息子が英語を話せる様になりましたが、
その時は成果は分からず自信がありませんでした。
キャンペーンでユーザー様から
生の意見を聞いたり、
教材をとことん研究したり、
他社教材との比較を徹底的にやりました。
「自分」
これは正直目をつぶりました。
自信があるはずがありません。
結局、この作業に1~2ヶ月費やしましたが、
この3つの自信をつけることが、
結果的に自分の納得につながり
セールスのベースを作り上げたと思います。
ツールも自分で作りこみました。
まずは自分が納得する事。
当たり前ですけどね。
あと、勉強したのは
斎藤一人さんの本と
ザ・シークレット
重要度と緊急度の法則
鏡の法則
ナポレオン・ヒル
と、いったところでしょうか。
いざスタート~修行の日々
そして準備も整って
よし始めるぞ!
と、初月…1本のみ
主婦の方に負けました…
そんな甘い世界ではないんです。
それでもようやく半年かけて
徐々に成績もあがり
経験を通してツールを
ブラッシュアップしていき、
成功曲線に乗ってきたかな?
と感じていた時に事件です。
会社の組織変更があり、
青森県~岩手県~宮城県
を担当しなければならなくなりました。
ざっと片道400㎞
もちろん交通費やすべての経費は
自分で負担しなければなりません。
でも、僕には選択肢がありませんでした。
訪問販売と聞いて
どんなイメージをお持ちでしょうか?
飛び込み営業
強引な勧誘
ハンコ押すまで帰らない
しつこい電話
一方的な営業トーク
でも、飛び込み営業したことありません。
しかも、今は法律違反ですよね?
強引な勧誘もしたくありませんでしたし、
お客様が口をはさむ暇がない
営業トークも違和感がありました。
自分がされて嫌なことはしたくなかったのです。
お客様からサンプル請求を頂いて
その方にテレアポをします。
感想を聞いた上で興味がある方のみ
アポイントを頂きました。
アポイントを頂いて、
事前にご挨拶の資料を送り、
事前に確認電話を入れてからの
訪問が基本でした。
それなのに・・・
なぜか、居留守や、すっぽかしもありました。
当時は女性アドバイザーが多く、
男性アドバイザーは珍しかったのか、
玄関先で帰されたこともありました。
呼ばれて行ったのに
警戒心満タンのおばあ様に
ひどいことを言われて帰ったこともあります。
月末で数字が足りない時
青森で1件だけのアポがあり
前日に確認の電話を入れて
朝5時に仙台を出発し
ついたら居留守という事もありました。
「じゃあ断ってよ~!」
車の中で発狂して泣きながら
仙台に帰ったこともあります。
年間60000㎞の旅でしたので
追突されたり
高速道路で眠くてスピンしたり
フロントガラスが飛び石で割れたり
マイナス10度の極寒で車中泊したり
命の危険も感じました。
またもや試練~気づき
そんな生活を1年続けて
なんとか成績も全社でTOP15に入り
ようやく安定してきたかなと思っていた矢先
またもや会社の組織変更・・・
今度は神奈川県に行くことになりました。
この頃にはもう試練には慣れっこです。
今まで散々いろんなことがありました。
そんな中でも車の中で
斎藤一人さんのCDを
ずっと聴きつづけてました。
気が付いたらいつの間にか
断られたり失礼なことをされても
全然腹が立たなくなっていたのです。
こんな方がいました。
アポイントを頂いたのですが
訪問の30分前に電話を入れても出ず
結局伺ったら、超警戒している方がいました。
オドオドしていて玄関先なら話を聞きますと。
「ママさん大丈夫ですよ。
警戒されてるんですよね?
よかったら帰りましょうか?」
と言ったらびっくりして
「いいんですか?」
と、安堵の表情をされたのです。
ちょっと笑ってから、
「嫌なら勇気を持って
電話で断ってくださいね~」
パンフレットとプレゼントだけ渡して帰りました。
そういう方もいらっしゃるんですよね。
昔だったらたぶん嫌な思いをしたのでしょうが、
逆に、笑えるようになりました。
男性恐怖症の女の子もいます。
ママがとても警戒しながら
うちの子は男性ダメなんです…。
子は親の鏡と言います。
そういう時はほぼ100%
ママが人見知りさんです。
女の子はママの後ろに隠れて
こっちをじっと見たり
泣いたりしています。
そんな時は絶対に女の子と
目を合わせてはいけません。
ただ、ママと楽しい話をするんです。
そんなママも許してあげるんです。
愛情を持ってママと話していると
女の子があれ?って顔をします。
それでも見てはいけません。
無視してどんどん楽しい話をします。
そうして30分~1時間もすると
たいてい僕に女の子から近づいてきて
うまくいくと僕の膝の上に座ったりするんです。
ママは全員びっくりします。
たぶん昔だったら
ママの一言でこちらが傷つき、
女の子の態度でさらにこちらが傷つき
こちらのストレスが相手に伝わって
商談にすらならないでしょう。
でも、そんなことも許せるようになれば
世界が変わってくるのです。
すっぽかされても時間ができたと喜びます。
居留守をつかわれても
逆に可哀そうにと思います。
お申込み頂けなくても
お客様が喜んでくれます。
お客様にとっていい話ができれば
契約が取れるかとれないかは
どうでもよくなります。
大数の法則ですから
こちらの行動量だけ管理すればいいのです。
2回もすっぽかされた方がいて、
手紙とプレゼントを置いて帰ったら、
半年後にお客様からご連絡を頂いて
ご契約を頂いたこともありました。
お客様には何か事情があるんですね。
それを許してあげることもとても大切です。
私はお客様にストレスを
掛けたくなかったので
商談後検討中のお客様に
電話を掛けなくなりました。
たまに数字が足りない時に
電話をしたこともありましたが、
やっぱり買わない人は買わないんです。
「僕から電話しないので、
ご購入の際は電話くださいね」
といったお客様から一年後に電話があり、
「ほんとに電話くれないんですね(笑)」
と契約時に笑われたことがありました。
訪問時は最初に
無理に販売して無いですから安心して下さい
とはっきり伝える様にしました。
商品構成と価格を総額で最初から見せてました。
ベテランの方にこれを言ったら
びっくりしてましたけどね。
だってみんなネットで調べてますからね。
時代が違います。
訪問販売のプロが僕の商談を見て
すごい!お客様と会話してる!
って驚いてくれたことがありましたが・・・。
昔の訪問販売はお客様が話に割って入れない様に
マシンガントークをするのが基本だと
教えていた時期もあったようですが、
もう古いですよね。
営業トークとかも僕は嫌いです。
嘘もつきません。
全部本当のことを言って
堂々と比較して頂きます。
そんなスタイルで営業していました。
だから数字が伸びないはずがありません。
神奈川に来てからぐんぐん数字が延びました。
当然クレームもゼロになりました。
クーリングオフも年間1~2件でした。
昔は売れる営業にはクレームが付きもの
って言っている方がいましたが、
それは間違っていると思います。
最期の試練~日本一へ
そんな成功の兆しが見えたとき
最期の試練がやってきました。
東日本大震災です。
本当に仕事がなくなると思いました。
せっかくここまで来たのにな・・・
という気持ちもありましたが
僕の決断は
今までお世話になった仲間に
全財産をつぎ込んでもいい!
と、一週間後に物資を沢山つめて
名古屋→石川→山形経由で
仙台に乗り込んだのです。
何が起こっても前向きに捉えることが
本当にできる様になったんだと思います。
2~3週間して仕事ができる状態になり、
仕事ができる喜びを感じました。
そこからは神風が吹きました。
2011年は約8000万円を売り上げて2位
2012年は初めて1年を通して
全力で仕事に打ち込める環境を頂きました。
12月は会社の記録を塗り替え
売り上げも1億円を越し、日本一になりました。
ずっと400件の商談をすることを
目標にしてきましたが
2013年それも達成できました。
約200件、1億2000万円のお申し込みを頂き、
日本一連覇を達成することができたのです。
営業とは
僕の欠点は良いものしか売れないところです。
トークだけで怪しいツボを売ることはできません。
幸いにも僕は
素晴らしい商品と
素晴らしい会社に恵まれました。
嘘をつかなくても売れるのです。
営業トークってよく言いますが、
トークで売れると思っている人は
お客様を馬鹿にしてるとしか思えません。
今の時代は特に、
インターネットで
なんでも情報があります。
営業が何を言ったかも
全部公開されています。
そんな中でほんとに
トークで買うのでしょうか?
お客様に必要な情報を
わかりやすく与えて
お客様が選びやすくする事。
また、選ばなかった場合でも
お客様にストレスを与えず、
話を聞いてよかったと
満足して頂ければ評判も良くなり、
結果として自分に返ってきます。
営業はどうせ嫌われているから
大数の法則で数打てばいい
とか言っている営業もいますが・・・
悪い気分になったお客様は
なんて思いますかね?
その悪い気分は、悪い影響となって
必ず、その人に返ってくると思います。
営業も、お客様も、
一切、嫌な気持ちにならず、
商談が成立しても、成立しなくても、
お互いに笑顔になる事。
過信しているわけではありませんし、
井の中の蛙かも知れませんが、
私が経験して身に付けたこの売り方は
おそらく一番強い売り方だと思っています。
この売り方を広めることによって
幸せなセールスマンを増やし
幸せなお客様を増やし
世の中がちょっと変わるといいなと
本気で思っています。
このコラムがたった一人にでも
役に立つことができれば
幸せに思います。
2015年吉日
IGAZO