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私がdōTERRAをやる理由。3

母とまともに喋れなくなったのは
いつ頃からだろう?

 

ちゃんと愛されて育ってきたし、

もちろん私も大好きなのに。

 

今も、一番なにも言えない相手。

 

一緒に住んでるのに

一日に交わす会話は、
平均して「おはよう」くらい。

 

初めて生理がきましたってときでさえ
ずっと言えなくて傷つけてしまった。

 

摂食障害になったときも、

最初の方はお医者さんにかかっていて、
次はお母さんときてね
って言われたけど、言えなかった。

 

同じ食卓を囲んで同じものを食べるから、
夫婦が似てきたり、
家系で同じ生活習慣病になることが多かったり。
ご飯って家族の象徴だもんね。
だから摂食障害って結局そこみたい。

 

 

 
たしかに、
無言の食事が終わったら、
リビングには誰もいなくなる、
みたいな、
一家団欒とは程遠いのが
苦しかったし、

 

けど、

 

働いて家事して、
一人の時間もそりゃほしいに決まってるし、
面と向かうと言いたいことの半分も伝えられないから、
そのことを責めるニュアンスになるような気がして言えなかった。

 

 

母はとてもさっぱりしている人で、
私が成人式に何色の着物を着たかも
知らないほど。
本人曰く、本っ当に興味がないらしい。笑

 
サザエさんが一番嫌い、というほど、
家族家族したことが苦手な母と、
その反動でサザエさんに心底憧れる私は、
そりゃソリは合わないと思う。
私が寂しいということを、
母が面倒くさいと思うのもわかる。
母は母。私は私。

ただの愛情表現の問題。
母は冷たいわけじゃなくて、
言葉がなくても人を信頼できて、
絶対筋を通すとっても義理堅い愛情深い人。

すごくかっこいい女の人だと思う。
おかんには本当に敵わないって思う。

 

 

化粧っ気も物欲もなく、

(ちなみに、香りもまるでダメな母が
ドテラのオイルを使っていることでも、
確信が深まりました)

行動範囲は隣の市まで。

家で韓国ドラマを観るのが幸せ。

老後はずっと現役で庭で畑をして、

孫守りをしながら静かに暮らしたい。

 
そんな母が数年前
とっても大きな買い物をした。

 

築30年近くなる、実家のリフォーム。

 

昔から、暇があれば広告の裏に
設計図を何個も書くほど、
夢のお家を考えるのが好きな母は、

 

父にも、
お金は出すから一切口出さないで!と、

 

パートをしながらいつの間に
そんなに貯めたんだろう
という大きな金額を用意していて、
(どんだけ男前なのよ。)

 

婿さんと孫が泊まりやすいように、
と綺麗にしてくれた。

 

 

そこに孫の顔見せるどころか
結婚式キャンセルしてスピード離婚した、
お騒がせの長女(私)が出戻ってきた。

 
しかも、
やっと勤続できて、
有り難いことに役職も頂いてる会社を辞めて、
どうやらMLMの香り?健康?
のお仕事て食べて行くっぽいぞ?

 

くらいの情報量で。

(思いは伝えたけど)

 

親子にも色んな形があるから、
うちはある程度の距離感がちょうどいい
と思って、
家を出ている時間が長かったのに、
私が恥を忍んで帰ってきさせてもらったのは、
他でもない、
今度こそ親子関係と向き合うためだ。
というのも、
離婚を期に色々と人生を見つめ直した時、
この結婚は自分のトラウマを
乗り越えられないまましちゃったんだな
と気付いて、

 

改めて、
これから、どう生きたい?
と思った時に 諦めきれないのは
明るい家庭だった。

 

だから個人と家族を強めることが
社会を強めるってことに
重きを置いてるドテラに感動してる。
家族が社会の最小単位だもんね。

 
子供を持つという責任が大きすぎて、
大事なことすぎて、避けてた。

 

子供ができたら、
お母さんの気持ちがわかって、
お母さんとも仲良くなれるんじゃないかな

みたいに思ってた時もあったけど、
そこを夢にするのは親にも子どもにもパートナーにも失礼。

 

家族を持つ!と決めたからには、
精神的にも経済的にも自立して、
本当に強くて優しい人になりたいと思った。

 

人の娘としても人の母としても
人の妻としても一人の人としても堂々と。

 

家族 。摂食障害 。引きこもり。
私がドテラや夢に辿り着くには、
どれが欠けてもだめだったからこそ、

 

またここからやり直したいと思った。
ドテラに出会ってまず自分が
こんな風に自分と向き合えた。

 

つきまとってた課題から逃げずに
向き合う勇気が持てた。
自分が変わると周りが変わる。

 

自分との戦いに勝つってことは、
コンプレックスの元まで降りなきゃ。
そしたらやっぱり幼少期に辿り着くもんね。

 

だから次に家族が変わる。
周りにも家族関係が変わった方が

たくさんいるのがすごく励みになってて。

 

「家族は一番難しいから
焦らなくていいよ、
なほちゃんが成長した頃に
変わってくるから。」

 

「うちは本気の背中見せてたら

変わってきたよ。」

 

とアドバイスを頂いていた通り、
我が家の最初の変化は妹だった。

 

私が本気で自分に向き合いだしてから、2ヶ月。

 

我関せずだった彼女が、
このままでいいのかな?と
家族間を取り持ってくれるようになったり、
夢に向き合うようになったり、
自立しようと前を向きはじめた。

 

それから4ヶ月。
先日。
びっくりするようなことが。

 

それでも
相変わらずろくに喋れていない母から、
かなり珍しく「話がある」と。

 

内容は、

 

この家をあんたたちに譲ろうか?

今の仕事一生していくなら
場所もいるやろ?
この家やったら完璧じゃない?
近所に住みたい空き家見つけたから私はそこ買うわ!

 

というものだった。
先述した通り
我が家は最後のお買い物といわんばかりの
フル改造をしたばかりで
とりわけ母にとっては念願の、
理想のお城で、宝物みたいなもののはず。

 

まさかそんなことを考えていたなんて。

また母のイケメンすぎる愛情に
またまた自分の未熟さを思い知った。

 

まだ一人も産んでないのに生意気だけど、
親から子の愛情って本当に無償で、
子どもが楽しそうで、幸せそうなら
なんでもいいんだと思う。

 

だから離婚して転職しての
今後の心配をかけているであろう時期に、
仕事内容もろくに知らないのに、
宝物を譲ってやってもいいかなって
思えるような姿を見せられてるのかなと、
本当に嬉しかった。

 
クリスマスに、年越し、お正月。
THE家族みたいな日が目白押しの年末年始は、
実は毎年ちょっぴり切なくなって苦手だけど、
少しずつ乗り越えて、
年々、楽しみになる気がしてならない。

 

 

この長ーい文章で
なにが言いたかったかというと、

変われる

ということ。

 

早いも遅いもなく、
変わろうと思った時から。

 

ほぼ褒められて育った記憶がないけど、
唯一母が褒めてくれてたのは、
私の、伝える力。

 
どんなご縁かどうやら
伝えることが生涯のお仕事になりそう。
こんなきっかけをくれたドテラを
大切に大切に伝えていきたいと思います。
というわけで
早速来年から自宅をサロン化予定。

 

本当びっくり。
親の方の住所が変わるって不思議。

新しいお家は絶対私が買う!

 

子どもちゃんもきやすいような場所にするので、
ぜひ遊びに来てくださいね♡

 

 

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